オノ暮らし

人も地球もハッピーになる「ステキ暮らし」を研究&実践するオノな夫婦のLabo. パーマカルチャー、オフグリッド、DIY、世界一周、旅…、などについて書いています。

2015年09月

こんにちは、はるです。

昨日は、皆既月食と月が地球に近づいて大きく明るく見えるというスーパームーンが重なった夜。
宿のベランダから、ほのかに赤く染まった月を見ることができました。

キューバからメキシコ、カンクンに戻ってきてもうすぐ1週間。

ネットで調べものしたり、ブログ記事書いたり、散歩がてら買い物行って、自炊してご飯食べたり。
びっくりするくらい何もしてません。なのに、気づけば一日終わっています。
まぁ長い旅の道中、こんな時間も必要かな、と。

誰と絡むわけでもなく、部屋でまちゃと二人、話して、話して、話して。
24時間、いつでもどこでも一緒にいるのに、なんでこんなに話が尽きないんだろうか。
しかも、なぜか寝る前にめちゃくちゃ話し込むという謎(笑)

最近はブログ記事を書いていることもあって、旅の序盤を振り返ったり、旅の中での心境の変化を話し合ったりしています。

あと、キューバ滞在中の人との出会いが、自分たちのことを振り返るきっかけになったと思います。

今日は、キューバでの日本人との出逢いと会話から考えたことの記録です。

チェ・ゲバラ
キューバは街中のいたるところに 英雄チェ・ゲバラが

普段わたしたちはいわゆる日本人宿(日本人が主に泊まっている宿や日本人が経営している宿)と言われるところには行かないのですが、はじめてのキューバ、そしてまだまだネット利用が限られていて(簡単にできるんだけど値段が高い)情報収集が難しいキューバということもあって、滞在中の数日間は日本人宿にお世話になりました。

そのおかげで、たくさんの日本人の方に出会うことができました。
首都ハバナはびっくりするくらい日本人観光客でいっぱい。
後から気づいたらシルバーウィーク中だったんですね。

休む間もなく観光地を周って、ここぞとばかりに贅沢な旅行を楽しんで帰っていく日本人短期旅行者。
お金は限られているけど、時間を気にせずゆっくりのんびり旅ができるわたしたち。

どちらがいいとかではなく、それぞれのスタイルで旅行を楽しめる日本人は幸せやなぁ。
キューバをまわりながら、そんなことも感じていました。

Bacanero.jpg
ヘミングウェイ作「老人と海」の舞台コヒマルで ビールを飲みながらおしゃべりした

キューバでは色々な出会いがありました。

出会った人の中には、初めて会うにも関わらず、密度の濃いステキな時間を一緒に過ごせた人がいました。
お互いの旅の動機や、これからの夢、仕事への想い、自分自身についてなどなど、本質的なことも含めしっかり話せて、とても身のある話ができる。
マジメな話もそうじゃない話も、自然にできて楽しいし、共感できたり、してもらえたりすると嬉しい。
少しの時間しか一緒に過ごしていないのに、互いに通じ合うものがあるから不思議。

そういうときは、相手の呼吸を感じながら丁寧に話ができている。
お互いに、相手のことを知りたい、自分のことを知ってほしい、って感じていて、あなたのことを尊重しているよってメッセージが伝わり合っている。
相手が自分の言葉をしっかり受け取ってくれている、という安心感もある。

そんな会話ができた人とは、またどこかで会いたいなと思うし、そう思うから、きっといつかどこかで再会すると思います。
(これ読んでくれているかなー?タイちゃんあなたのことですょー。)

逆に、話していてすごくしんどくなってくる人もいました。
こちらのことを色々尋ねてくるわりに、人の話はまったく聞いていない。
上から目線で、自分がしたこと、みたことを「それがすべて」みたいに押し付けてくる。
それなのに、つっこんだことを聞いてみると、何も出てこない上に的外れな話をしだす。

こういう人と話をすると、無駄にイライラしちゃってほんとに疲れる。
その場だけの一時的な会話なんだから、さらりと流せたらいいんだけど、せっかく会えたんだし・・・と思ったりして。
相手の思いや立場を考えず、無遠慮にずかずかと個人の領域に乗り込んでこられることに、すごく抵抗を感じます。

救いだったのは、隣に座っているまちゃが、わたしよりもイライラMAXだったこと。
その場にいながら、すでにクローズ状態、ぶすっとした顔をしていたまちゃをみて「そうなるよね~」って笑えてきて、ふっと楽になれました。

・・・

後で二人になって落ち着いてから、なんであんなに嫌な思いになっちゃったのか、あのイライラはどこから来るのかって振り返り。
会話なんだから、相手だけが悪いわけではない。
そのとき自分はどんな心情だったのか、どう反応出来たらよかったのか、どうやったら苦手と感じる相手とも気持ちよく話せるのか、ってめちゃめちゃ話し合いました。

こちらの思いを汲まない態度にまいった。
中身のない話にがっかりした。
偉そうなことばかり言われてムカついた。
ストレートに突っ込んでこられるのに焦った。

はじめの印象だけで決めつけない。
相手のペースにのみ込まれすぎず、自分のペースも保つ。
途中放棄せずにに会話を続ける。
必要に応じて距離をとって、客観的な視点を持つ。

遠慮せずに、こちらも感じことを伝えられたらよかった。
うまく言葉にできないまだまだ自信のない部分に気づいた。

などなど。
朝まで討論なみの話し合いを繰り広げてました。
これ、二人でやってるわたしたち、客観的にみると面白い(笑)。
でも、こうして感じたイライラやモヤモヤをそのままにせずにきちんと向き合うこと、大事だなって思います。

関係性ができてない中で、自分の素直な思いや微妙なニュアンスを伝えるのって難しい。

「あれ?」「むむっ?」と違和感を感じる相手であっても、自分を守りながら、相手の言葉に耳を傾けられる余裕と素直さをもっていたいと思います。
受け入れるとは違って、受け止める。
まずはそこから。

・・・

「意味のない出会いはない」っていつも思っています。
どんな出会いであれ、どんな人であれ、何かしら自分に与えてくれている。
そういう意味では、意義ある気付きをくれたあの出会いと会話にも感謝(今だからそう思えるけど)です。

今回は相手が日本人だったから、言葉の壁がなくて敏感に感じる部分があったとは思いますが、相手が誰であろうと、言語が何であろうと同じこと。

誰とでも気持ちよく、しっかりと会話ができる人でありたいと思います。
相手のことを知ろうとする姿勢、自分のことをわかってもらう努力を忘れずに。
傲慢にならず、謙虚な気持ちを常に心に持っていたいです。

満月の夜に、自戒をこめて。

はる

こんにちは、まちゃです。

さて、そんなこんなで、タイから始まった僕たちの旅でしたが、正直言って、アジアを周っていた頃は、私まちゃにとっては、しんどく感じることが多かったです。

旅してても、毎日すごくつまらなかったんです。

当初、思い描いていた旅のテーマと、実際の旅との間に大きなギャップを感じていたんですね。
イライラしていることも多かったし、はるちゃんに対しても心の距離が出来てしまっていました。

その原因としては、自分たちの旅のスタイルが定まっていなかったことが大きかったかな、と今では思います。
あと、あの頃は自分の心があまりにも頑なでコチコチだったなと感じます。

しんどくてバイクに乗る
タイ パーイにてしんどい毎日 気分転換にバイクに乗る

今思えば、旅を始めたころは、「せっかく旅に出たのだから、意義のある経験をして成長して帰りたい!」と、かなり気負っていました。
気持ちだけはそんな風に前のめりなのですが、実際の旅ではなかなか自分が思い描いていたような経験が出来ずにいました。

東南アジアを回っていた最初のころは、ただ、町から町へ、安宿から安宿へ、移動していくだけのバックパッカー旅が続いていたので、土地に根ざした人々の暮らしなんて見えてこないし、どうすれば自分がしたい旅ができるのかもよくわからず悶々としていました。
楽しくないなぁと、しょっちゅう思っていました。

タイのタコメパイに滞在した頃も、なんだか自分がやっている旅が、ひどく虚しいものに感じてしまって、毎日あまり元気が出ませんでした。
とりあえずインドまで行ったらもう旅は終わりにしようかなとさえ、思っていました。

今思えば、あの頃のアジアでの、旅に対する自分の姿勢はあまりにも消極的で、すごくもったいないものだったなぁと思えます。
ですが、当時の自分にとっては、そういう気分をもうどうすることも出来なかったのです。

しかしアジアの終わりからヨーロッパあたりで、段々と、自分たちに合った旅のスタイルがようやく出来てきました。
ステキな暮らしを志している家庭でホームステイをさせてもらいながら、バックパッカー的に移動していく、今の僕たちの旅のスタイルです。

世界のステキ暮らしから、自分たちのしたい暮らしを感じ取り、自分達の経験や夢を膨らませながらも、バックパッカー旅の良いところもバランスよく活かせるようになりました。

その頃から、自分の想いと、自分がしている旅と、旅を終えてからの暮らし方が、一つにつながり、今に自信を持てるようになりました。
肩の力が抜けて、純粋に旅を楽しめるようになりました。
そのあたりから、頑なだった心の氷が溶けて、はるちゃんとも正面から向き合い、人生のパートナーとしての本当の絆がだんだんと深まっていったような気がします。

旅を始めた頃と今とでは、「自分、結構変わったなぁ。」と、最近すごく思うし、はるにも言われます。
前よりずっと、自分の感情を客観的に見れるようになったし、人の気持ちを感じ取ろうとするようになったし、自分が生まれ育ってきた境遇や環境を俯瞰的に見れるようになりました。
そんな風に自分が変化してきたのは、はるというパートナーと共に旅をしてきたことと、旅の中で様々な文化・価値観を持った多くの人たちと出会えてきたことが、大きな要因になっている気がします。
そういう意味で、僕は「旅で人生が変わる」ということはあり得ることだなぁと思います。

まちゃ

リアルタイム:2015/9/27 メキシコ カンクン
記事:2014/4/26~5/10 タイ パーイ

こんにちは、はるです。

なっちゃんの家を後にしたわたしたちは、次に、タイ北部パーイという町にあるタコメパイというパーマカルチャーセンターでお世話になることにしました。
タコメパイのことはなっちゃんに教えてもらいました。
もともとこの旅では、オルタナティブな暮らしを実践するコミュニティやエコビレッジを訪れたいと考えていたので、タコメパイの話を聞いたとき、これは!と思いすぐに連絡を取って行ってみることに。

タコメパイ看板
タイ北部チェンマイから3時間ほど、パーイという町のはずれにあるタコメパイ

タコメパイでは、パーマカルチャーを学びたい人々が世界中から集まり、持続可能な暮らしを目指し共同生活をしています。
数日単位での短期滞在者から、数ヶ月、1年単位での長期滞在者まで20名以上のボランティアが滞在中でした。

≪パーマカルチャーPermaculture:パーマネントpermanent(永続的な)、アグリカルチャーagriculture(農業)、カルチャーculture(文化)を組み合わせた造語。
自然のエコシステムにならい、持続可能な環境、文化・生活・社会のシステムをデザインすること≫

タコメパイをメインで運営しているのは50代のサンドットという地元のタイ人男性。
サンドットの家族や近隣住民、世界中から集まるボランティアがファームを支えています。
エンジニアとして海外で働いていたサンドットですが、地元に戻ってきたときに、自然豊かだったジャングルが破壊され、伝統的な生活が消滅していくのにショックを覚えて、
人と地球に優しい暮らしを実践するため、荒れた土地をオーガニックファームや森に再生していくことを決めたのがタコメパイのはじまりです。
パーマカルチャーセンターとなって8年くらい(うろ覚え・・・ごめんなさい)、近隣の荒廃したジャングルを寄付金で購入し、新たなプロジェクトも始まっているようです。

わたしたちが訪れたときはちょうど2週間のパーマカルチャーコースが始まったところでした。
滞在中わたしたちも、コースのクラスにもぐらせてもらったり、参加者に交ざってジャングルトレッキングに連れて行ってもらったり、食事を作るお手伝いや毎日の畑のお世話などをさせてもらいました。
特に決まった仕事というものはなくて、何かやりたければ自分で探してやっていくという感じ。
ゆっくりとした時間で過ぎていく毎日だけど、気づけばあっという間に2週間が過ぎていました。

水遣り
畑に水遣り

パーマカルチャーをじっくり学ぶことにも興味がありましたが、わたしたちはコースに参加していなかったので、滞在中にパーマカルチャーの理論や技法を専門的に集中して学んでいたわけではありません。
それよりも、自然とともにある日常の生活の中から実践として学びとるということが多かったように思います。
頭でっかちにならず、まず感覚を大事にすることができたので、わたしは結果的にこれで良かったなと思っています。

納豆調味料
ファームを支える近隣住民さんをお手伝い タイ風納豆からできる保存調味料作り

サンドットは先ほど書いたようにもともとはエンジニア、自然農や有機農業のエキスパートではありませんでした。
パーマカルチャーを意識して実践していたわけではなくて、自然にそった伝統的な方法、持続可能なやり方で、農的な暮らしをしていたら、それがパーマカルチャーだと後から人に言われたんだ、という話をしてくれました。
パーマカルチャーを知識として後から学んだら、自分がしていることがそのまま書かれていた、というようなことを言ってました。

あぁ、なるほど。と妙に納得できました。
パーマカルチャーというと新しいもののように聞こえるけど、持続可能な農的暮らしというのは、昔からの伝統的な暮らしそのものということ。
今見直されている日本の里山の暮らしに通じるものを感じました。

お部屋
すべて自然の素材で建てられている宿舎

タコメパイでの生活は自然とともにあります。
寝泊りさせてもらう部屋は、木、竹、葉、土など自然の素材のみで伝統的な建て方で造られた小屋。
簡素なつくりではあるものの、コンポストトイレとシャワーもあって寝泊りするには十分です。
鳥や虫の鳴き声がいつも近くにあり、風を感じる部屋は不思議と落ち着く空間でした。

朝は太陽とともに目覚め、一日がはじまります。
まだ人の少ない静かなキッチンで、地元のお手伝いさんと一緒に朝ごはんの準備をする時間がわたしはすごく好きでした。
タイ語はわからないので言葉数は少ないけれど、「これ切ってね」「お鍋みててね」ってアイコンタクトと笑顔でコミュニケーションがとれるのがなんだかとっても嬉しいんです。

かまど
薪で調理 地元の少女がいつも火熾しを手伝ってくれた

食事はファームで採れたお米(もち米)や野菜がメインのヴェーガンに近い食事(肉、魚、卵、乳製品など動物性食品を用いない)です。
ボランティアが多かったので、ファームで採れる野菜だけでは足りず近くの市場で食料の調達をしてくれていましたが、基本的にはファームで採れる野菜で食事を作ります。
その日の畑の様子をみて何が収穫できるか、それで何を作ろうかと考える。
新鮮な採りたてオーガニックの野菜でつくる食事、とっても贅沢です。
「バジル採ってきて~」と言われて、キッチンからそのまま畑に探しに行くのがなんとも楽しかったなぁ。
わたしたちも日本に帰ってから、畑と台所がつながる食生活を実現したいです。

にんじん
畑でとった新鮮なハーブとにんじん 超ミニ!

そういえば、わたしたちは2週間の滞在中、アルコールも摂っていませんでした。
ビール大好きなわたし、@暑い暑いタイ!なのですが、意外と我慢せずとも大丈夫。
からだはそんなにビールを欲していないのです。

ヴェーガン食にアルコールフリー。
身体はすこぶる元気で、お通じもびっくりするほど良くて、身体がきれいになったのが実感できる2週間でした。

この旅の中で学んだことのひとつに、食の大切さがあります。
今までも関心はあったものの、いまいち現実をみれていない部分があったような。
食については本当に考え方が変わったな~。
また、それについてはちょくちょく書いていきたいと思います。

・・・

タコメパイでの滞在中、世界中色んな国から来ている旅人、ボランティアにたくさん出会いました。
反省すべきは、あまり積極的に話をすることができなかったこと。
良くも悪くもまちゃと一緒にいることが多いこと、そして、ネイティブレベルの英語での会話に引けを感じてしまって、自分から輪に入ることがなかなかできませんでした。
上手い下手に関係なく、英語で話すことが大事!そうすることで身につく!!ってあの時の自分に言ってやりたい。


また、タコメパイでの時間は、自分と向き合う時間でもありました。
他人と関わるときの自分、まちゃと二人のときの自分、自分の内にある自分。

旅のあり方について考え込むまちゃを見て、どうしようもない苛立ちを感じては、自分のことを振り返ってみたり。
様々な旅のスタイルで世界を廻っている人たちと話すことで、自分たちの旅に対する想いを整理できたり、刺激をもらったり。

内省のきっかけは、いつも人との関わりから。
たくさんの人との共同生活で刺激を受けながらも、自然の中で心静かにひとりの時間ももてる環境。
タコメパイで過ごした2週間は、タイミングよくあのときのわたしに必要な時間だった気がします。

田んぼ
心落ち着く風景

わたしたちが2014年4~5月にタコメパイで滞在してから、早17ヶ月が経っています。
詳しい事情は知らないのですが、現在サンドットは別の地域でお仕事をしているのだとか。
タコメパイ、今どうなっているのかとっても気になる。

たとえファームのかたちは変わっていっても、そこで学んだ精神は変わらない。
世界中から集い、サンドットのもとで学んだ人たちが、それぞれの場所で、それぞれのやり方で、パーマカルチャーの考え方を、暮らしとして、生き方として実践していけば、きっとステキな世界になる。

世界中にこんなコミュニティがあるんだから、暗いニュースばかりじゃない。
この世界は自分たちの手で、いい方向に進めていける。
わたしはそんな希望を感じています。

はる

リアルタイム:2015/9/26 メキシコ カンクン
記事:2014/4/18~21 タイ ハジャイ

こんにちは、はるです。

前々回のまちゃの記事を読みながら、3ヶ月間の鎌倉暮らし、幸せやったなぁと改めて思いました。
あの鎌倉暮らしが、今後のわたしたちの「暮らし」を考える上での指標となってくれそうです。

今日は、旅のはじめに訪れたタイの森の中の心地よい暮らしのお話。
旅のスタートにぴったりな、ステキな暮らしにおじゃましてきました。

舞台はタイ南部、ハジャイという都市の郊外にある村でゴム園とともに生活するなっちゃん&ジャック(日本人&タイ人)夫妻、そして一人娘たねちゃんの家族。
なっちゃんは、以前書いた国際ボランティアNGO NICEを通じて知り合った友人であり、大学の先輩でもあります。
思えばもう10年近くになるお付き合い。
出会ったころはまだ大学生だったのに、今ではお互いに結婚してこうしてパートナーを伴って会えるなんて、随分大人になったんだな~としみじみ。

***   ***   ***   ***   ***

【自分たちでつくる暮らしには、心地良さが宿る】

なっちゃん家

なっちゃんのお家は、ゴムの木で囲まれた森の中。
ゴム園の真ん中に、小さなお家を建てて生活しています。
家は基礎工事以外は自分たちで建てて、また、生活に必要なインフラも基本的に自分たちで整えています。
電気はソーラー、水は雨水と新しくほった井戸、小さなガスコンロはあるけど大抵は薪で調理。
トイレは下水で流して処理されるものではなく、大地に帰すタイプ。

乾季で井戸が枯れちゃうと、生活に必要な水は離れたところから運ばないといけません。
わたしたちが訪れたは4月の半ばで乾季の終わり、一年で一番暑い時期。
直前まで水を手にするのに苦労していたみたいですが、わたしたちの訪問直前から少しずつ雨が降ってくれて井戸も復活したとのこと。
井戸水でシャワーもできて、水に困ることなく快適に滞在させてもらえました。
都会の生活では感じることの少ない自然の恵みのありがたさ。雨って本当に生活に不可欠なものです。

なっちゃん&ジャックの家には家電はほぼなくて。
夜暗くなったら電気を少しつけるのと、携帯電話を充電するのに電気が少し必要なくらい。
なので、電気は小さなソーラーパネル一枚で事足ります。
少し離れたところに住むお隣さんが、最近電柱を立てて電気をひき始めたらしく、なっちゃん家も電気をひこうと思えば簡単にひくことができるみたいです。
だけどあえて電気をひいていません。
なっちゃん曰く、「今まで電気をひかなくても生活できてたし、ソーラーパネルもつけたし、これで十分やっていけるから」。
ちまたで流行のオフグリッドライフですが、違和感なく自然に実践されている暮らしがここにはありました。

家の中で、わたしたちが心惹かれてやまなかったのは部屋に置かれた足踏みミシン。
足踏みミシンは、鎌倉で新生活をはじめるにあたってまちゃが一番に「欲しい!」と口にしたものです。
オシャレな足踏みミシンで服も自分たちで作りたいとのことで、探してはみたものの日本ではアンティーク品として希少価値が高く、値段も張ってわたしたちにはまったく手が出ませんでした。
世界各国ではまだまだ一般の生活用品として現役活躍中なのにちょっと残念。

電動ミシンは電気がないと使えないけど、足踏みミシンはいつでもどこでも使える優れもの。
なっちゃんはちょっとした趣味の時間に、この足踏みミシンで小物や服を作っているみたいです。
たねちゃんもなっちゃんお手製のワンピースとか着ていてとっても可愛かった。

わたしたちにも、結婚のお祝い&旅のお餞別にと手作りのがま口お財布をプレゼントしてくれました。
旅の間の小銭入れとして、いつも大活躍してくれています。
常に身に着けているお守り代わり。なっちゃん改めてありがとうー!!

ガマグチ


その後の旅の間にも、いつも考えているのがわたしも「消費」する趣味じゃなくて、「生産」する趣味をもちたいな、ということ。
なっちゃんの足踏みミシンでの小物・服作りのように、何かを生み出す趣味ってとっても魅力的で、豊かな生活をつくるキーだなと感じています。

暮らしの中で電気がなくても生活はできるけど、なくては困るのが薪。
滞在中たいしたお手伝いはできなかったわたしたちですが、薪調達のためにお散歩がてらゴム農園を歩いて回っては枯れ木を集めていました。
大きな木は、斧で適当な大きさに切って、割って薪にします。
なかなかコツのいる力仕事、暑い中もくもくと無心に薪割りに集中していたのはまちゃ。
薪割りって瞑想するみたいにすっきりするのだそうです。
斧使いをジャックに褒められ、とっても得意気でした(笑)

こうして、生活に必要なエネルギーは自然の中からいただいてくる森の暮らし。
「○○があるから快適に暮らせる」と盲目的に信じてしまうのではなくて、自分たちの暮らしに何が必要なのかを吟味することの重要性。
心地良い生活は自分たちで作れる。もっと言えば、自分たちでつくるからこそ心地良い暮らしになるということ。
そんなステキ暮らしのエッセンスをなっちゃん家族の暮らしぶりから学ばさせてもらいました。


【子育ても自然体でオリジナル 親も子ものびのび穏やか】
なっちゃん&ジャックには愛娘たねちゃんがいます。
わたしたちの訪問時は2歳少し前、単語でのおしゃべりが始まっていたころでした。
なっちゃんが日本に一時帰国時に会ったことがあったので、わたしは久しぶりのこんにちは。
大きくなって、しっかりと自分の足で歩くたねちゃんに、ほんとに赤ちゃんの成長って早いなぁと一人感激したのでした。

たねちゃんは、とーーーってもシャイガール。
いきなりやってきたわたしたち二人にはじめは警戒心むき出し、特にまちゃのことは怖がりまくって逃げちゃう始末。
にっこり笑いかけてみても、ぷいっと顔を背けられては傷ついていた可哀想なまちゃ(苦笑)。

そんなたねちゃんも、一日経ってみるとすっかり心を開いてくれて、わたしたちの泊まらせてもらってる部屋にちょこちょこやってきては、バックパックの中の荷物に興味津々なご様子でした。
一緒に絵本を読んだり、水鉄砲で遊んだり、お昼寝したり、川にピクニックに行ったり、たねちゃんとの時間も満喫できました。
両手を広げて「抱っこして」要求がきたときは、なんだか認めてもらえたみたいですごく嬉しかったです。

ゴムの木

ジャックとなっちゃんは家の周りのゴム園でお仕事をしています。
ジャックは夜が明ける前から仕事をはじめます。
交代して、午前の早い時間はなっちゃんの番。
採れたゴムはその日のうちにフレッシュな状態でジャックが売りに出かけます。

一人が仕事をしているときは、もう一人がたねちゃんと一緒に過ごすのがなっちゃん&ジャック流です。
はじめは、ずっとジャックがお仕事、なっちゃんが子育てって感じだったそうですが、今は半分半分。
たねちゃんに対しては、なっちゃんは日本語で話し、ジャックはタイ語で話すので、言葉も半分半分。
家事も仕事も子育ても、必要なところは分担してそれぞれの役割を自然に担っている感じです。

色々な働きかたがあるけれど、仕事と暮らしが密着しているのってメリットが多いなぁと思いました。
一番は子どもと過ごす時間が圧倒的に長いこと。
仕事場は家の周りなので、たねちゃんはお父さんお母さんが仕事をしている姿を日常的に目にしています。
親の働く姿を見れるってとってもステキ。
お昼ご飯も揃って一緒に食べる。お昼寝も一緒にする。
一日の大部分の時間を家族みんなで共有するってなかなか難しそうですが、ここでの暮らしはそれが自然。
こうした時間の過ごしかたは、親にとっても子どもにとっても、成長していく上でとっても意味あるものになるんだろうと思いました。

日本とタイ、子育ての仕方や習慣は違うのかもしれないけれど、
「こうしなきゃ」とか「それはダメ」ではなく、自分たちのスタイルでたねちゃんと向き合っているなっちゃん&ジャック。
はじめての子育て@タイ、戸惑うことも多そうだけど「やるしかないからねー」とさらりと言ってしまうなっちゃんはやっぱり逞しい!
日本とは違った環境だからこそ、余計な固定観念に縛られることなく自分たちの子育てスタイルが確立しやすいのかもしれません。

タイの森の中でオンリーワンな子育てを実践する二人は、自然体でとても穏やか。
自分たちのペースで生活が流れているからか、すごく余裕を感じます。
なっちゃんもジャックも、たねちゃんに対して注意することはあれど、怒ることがなかったのが印象的です。
そんな二人をみていて、近い将来自分もこうありたいなと思いました。
愛情をたっぷり受けて育つたねちゃんは、きっと大きな心の優しい女の子になるんだろうな。
小さな子どもが苦手だったまちゃも、3人のほのぼの家族をみて「子育てっていいな」って思ったみたいでわたしも嬉しかったです。


【今ここにある暮らしを愛でる幸せ】
実はなっちゃん宅を訪れるのは今回が2回目でした。
1回目は2012年の年明け、愛すべき友人二人と遊びにいかせてもらったとき。
1回目に訪問したときは、日本とは環境も文化も違うタイの田舎に嫁いで、しかも当時なっちゃんは妊婦さんだし、出産も育児もここでするって言うし・・・
なっちゃんに対してはとにかくすごい!!って尊敬の念しかなかったです。
遊びに来るには楽しいけれど、ここで暮らすのは難しいな、と単純に思ったのが実のところでした。

でも、今回2回目の訪問をさせてもらって感じたことは少し違っていました。
尊敬というのは変わりませんが、それとは別に「共感するなぁ」と感じる部分が多くなっていました。
「自分たちで暮らしをつくっていく」というスタンスにとても共感を覚えたのです。

忘れられないのが、ジャックの言葉。
「ここで暮らすことを自分たちで決めて、生活するためにゴムを採っている。
なっちゃんがいて、たねちゃんがいて、ギターひいて、ときどきビール飲んで。
俺はこれで十分幸せ」

幸せな暮らしに必要なものはほんの少しだけ。
シンプルで格好良いこと言うなぁ、ジャック。

なっちゃんも本質的なことを話してくれました。
一時帰国してしばらく日本で生活をすることが決まっていたなっちゃん。
日本での時間はもちろん楽しいんだけど、しばらくすると「タイに戻りたいなぁ~」としみじみ思うのだそうです。
生まれ育って慣れ親しんだ日本での生活なのに、「お邪魔している感」がどうしても拭えない、とのこと。
その理由は、「今の自分の暮らしはタイにある」から。

日本は便利だし、快適だし、お金さえあれば物質的なものは何でも手に入る生活です。
でも、「生活している実感」はあまり感じられないんだとか。

タイのここでの暮らしは、日本に比べれば不便だけど、なっちゃんにとって「生活している実感」はすごく得られるもの。
ご飯を炊くために薪で火をおこしたり、食器を洗うために井戸から水をくんだり、何をするにもボタンひとつで済むことはなくて、
自分の手を動かす必要がある。
洗濯するときも手洗いだから、これまた井戸から水をくんで、洗って、干して・・・気づいたら半日が終わっているなんてことも。
「でも、これでいいって思う」なっちゃんは穏やかにそう話してくれました。

何かに追われるように急ぐ必要もなければ、やるべきことで溢れているわけでもない。
雨が降ったら止むまで待つし、暗くなったら切り上げてまた次の日にやればいい。
自然のペースと自分のペースで時間が過ぎていくから無理がなくてしんどくないんだ、って。
何より、ここが自分たちの家だから、今はどこよりも落ち着いてほっとする、って。

ミヒャエル・エンデの名作「モモ」に出てくるところの時間泥棒にやられることなく、自分たちの時間を大切に生きている。
今ここにある、自分たちの暮らしを愛でるなっちゃん。
そんななっちゃんは以前にも増して、とても魅力的な女性でした。

わたしも「これが自分の暮らし」と自信を持って言えるものをつくっていきたい。
そうしてできる自分たちの暮らしを愛していきたい。
そう改めて思ったのです。


【意識の変化に気づいた再訪 暮らしの素地をつくるものって?】
なっちゃんたちの暮らしから感じる心地良さは何なのか。
それは、自分たちで選択してきた『暮らしの素地』が感じられるからだと思います。

『暮らしの素地』とは、
何を大切にして暮らしていきたいのか。
誰とどういう時間を過ごしたいのか。

そういうことにきちんと向き合ってつくられる暮らしのベース。
ベースがしっかりしているから、その暮らしには安心感がある。
シンプルなベースがあるから、その暮らしには様々な彩りを加えられる。

今回の訪問で「共感するなぁ」「心地良いな」と感じる部分が多かったのは、暮らしを作っていく上での素地、ベースとなる要素がわたしたちが考えるそれと共通していたから。
わたしも結婚して二人になって、旅を始める前に3ヶ月の鎌倉生活を経たから、なっちゃんたちの暮らしに共感するものが出てきたのだと思います。

何を大切にして暮らしていきたいのか。
誰とどういう時間を過ごしたいのか。

その答えに自覚的であること。
それだけで暮らしのあり方は変わってくるのかもしれません。

自分たちにとっての「心地よい暮らし」を知っている人はとても強いと思います。
そんな人は、どこで暮らしていても、何をして暮らしていても、地道に淡々と「心地良い暮らし」を営んでいくんだと思います。
氾濫する情報や溢れる物に翻弄されることなく、自分の暮らしに必要なものを選択して、自分の時間を生きていく力があるから。

大切なのはその人の暮らしの素地となるもの、暮らしに対する意識。
わたし自身の暮らしに対する意識も少しずつ変わってきたんだな。
今回なっちゃん家族を再訪させてもらい、そんな大切な変化に気づくことができました。

***   ***   ***   ***   ***

このブログ記事を書くにあたって、なっちゃんに久しぶりに連絡を取りました。
ひとつ返事で記事にすることを了承してくれたなっちゃんに感謝です。

そして、もらった返信のメールの中で飛び出す数々のびっくりニュース!!
メールを読みながら「おぉ!!さすがなっちゃん&ジャック!!」と思わず声をあげてしまったわたし。
ステキな近況報告にこちらまでワクワクし、すごく元気をもらったのでした。

頻繁に連絡を取り合うわけではないけれど、こうしてたまに連絡をとったときには不意打ちでとびっきりの刺激をくれる。
離れていても、どこかでつながっているような、心から応援したいと思える友人。
そんな友人に恵まれて、わたしはとっても幸せです。

次になっちゃん家族に会える日が今からすごく楽しみ。
わたしたちも恥ずかしくないように、少しは成長した姿で会えるよう実のある旅を続けたいです。

旅のはじめに、ステキな暮らしにおじゃまさせてくれたなっちゃん、ジャック&たねちゃん、本当にありがとうー!
また会う日まで!!

はる

こんにちは、まちゃです。

今回は、僕の27歳最後の日のことを書きます。旅立ち2ヶ月前のお話。
ずっとお会いしてみたかった方に会いに行った話です。
旅立ち前の話は、これで最後にします。

27歳最後の日、僕とはるは、栃木にある、非電化工房というところに行ってきました。
そして非電化工房の代表、藤村靖之先生とお会いしてきました。

藤村先生は、「非電化製品」というものを発明したり、「月3万円ビジネス」という働き方を提唱されている、とてもおもしろい方です。
詳しくは、ぜひ藤村先生の著作を読んでみてください。
僕が農業出版社の営業をしながら、これから自分がしていきたい暮らしのことを考えていた頃、藤村先生の本を何冊か興味深く読んでいました。
藤村先生のお話には、共感できることが多くて、僕は勝手に「ステキ暮らしの先生」の一人として仰がせてもらっています。
そして、いつか直接お会いしてお話を聞いてみたいなぁと前々から思っていたのです。
旅立ち2ヶ月前の僕の誕生日に ちょうど非電化工房の見学会があったので、二人でいってきました。

その日は横浜でレンタカーを借りて、栃木まで行ったのですが、その日に限って、朝から大雪でした。
高速道路も雪の影響で、渋滞が続き、非電化工房までたどり着くのは、無理かな~とあきらめかけていましたが、
何とか1時間ほどの遅れで到着することが出来ました。
遅れたにもかかわらず、僕たちは藤村先生に温かく迎え入れていただきました。

見学会には、雪の中、各地から参加者が集まってきていました。
藤村先生のお話を聞いたり、工房内の見学をした後、藤村先生や工房のスタッフと参加者による懇親会がありました。
そこで、僕たちは、これから二人で世界のローカルな暮らしを訪ねて世界一周の旅をすることを話させてもらいました。

そして藤村先生に「いいね!」と言っていただきました。
さらにこれから旅をするに当たって色々なアドバイスももらいました。
「オープンマインドに、出来るだけ現地の人々と生活をともにすること。」
「出来るだけ困っている人と多く会うこと」
「今は文明の転換期。転換期は多様で流動的。」
などなど、印象的な言葉をたくさんいただきました。

また、こんなやりとりもありました。
僕たちが「二人で仕事を辞めて、毎日のんびりしている。そんな毎日は、すぐに飽きるかと思ったが、ちっとも嫌にならないし、毎日楽しい。」ということを、お話させてもらいました。
すると藤村先生は、こう言いました。
「君たちはきっと、先住民族だね。征服民族は、そうはならない。常に前に進んでいないと不安になるから、立ち止まれない。だからそんな風に気づけた君たちはきっと先住民族だね。」と。
「確かにそうかもね。」と、その後はると二人で笑いあいました。

それまで、僕は、自分がどういう想いがあって旅に出るのか、ということをほとんど周りの人に話したことがありませんでした。
それは、はると共有できていれば十分だったし、ほかの人に話したいという気も特になかったからです。
しかし、非電化工房で自分たちがどういう気持ちで世界を回ろうと思っているかを話させてもらったとき、藤村先生から共感の反応をもらえたことは僕たち二人にとって、とてもうれしいことでした。
なんというか、勝手に「ステキ暮らしの先生」と思っていた人に「それっていいね!」と共感してもらえたことがすごくうれしかったのです。
ということで、僕にとっては最高の27歳最後の日になり、最高な気持ちで28歳を迎え、2ヵ月後の旅立ちへと向かっていくのでした。
そして旅立ちから1年以上たち29歳になった今でも、ときどき藤村先生の言葉を思い出しながら旅を続けています。

ということで、今回は、まちゃ27歳最後の日のお話でした。
次回から、いよいよ本当に、旅立ち後の話を書いていきます。
まずは、はるちゃんによる、1カ国目タイでのお話です。

それではまた!

まちゃ

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