オノ暮らし

人も地球もハッピーになる「ステキ暮らし」を研究&実践するオノな夫婦のLabo. パーマカルチャー、オフグリッド、DIY、世界一周、旅…、などについて書いています。

カテゴリ:世界一周808日ハネムーン > つぶやき

こんにちは、まちゃです。

帰国してから、早くも1週間ほどが経ちました。
今は、大阪のはるの実家でお世話になりながら、友人と会ったり、ゆっくりしたりしています。

奇しくも日本は参議院選挙の真っ最中。
「憲法改正」が大きな争点になっているにも関わらず、与党は争点じゃないの一点張りだし、大きなマスコミはそもそも選挙があること自体を積極的に伝えていないし、みんなして、大事なことを国民にバレない様に動いているのかと勘繰りたくなる。
「ホント日本ヤバいんじゃないか~。」と思いつつ過ごしてます。

一方で、ネットやSNSを通じて、情報をシェアしあって広げていくような、大きなメディアとは全く違う「自分メディア」の力が大きくなっていることも感じます。
僕たちは帰国したばかりで、今回は投票権がないので、寄付したり、周りに投票を呼び掛けたり、出来る方法で参加しようとしています。


東京選挙区、三宅洋平さんを応援してますよ、僕たちは。




みなさんホントに今回は、よーく考えて、投票に出来るだけ早めに行ってください!
争点は憲法改正です!!!

というわけで、日本に帰ってきて早々、日本特有のネガティブな気もビシビシ感じてますが、少しでもポジティブなヴァイブスを発していきたいものです。

いや~、それにしても暑いですね大阪。もはや世界レベルで見てもかなり暑い方だと思います、日本の夏は。
インドのラージャスタン州並みと言ってもいいくらい暑いですよ、僕の感覚では。


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さてさて、今回は、2年ちょい、808日間の世界一周ハネムーンを通して自分が変わったことを書いてみようと思います。


はると魂レベルでパートナーになれた

これが一番でかいかもしれません。
このハネムーンで、僕とはるは、本当の意味で夫婦になれたと思っています。
魂レベルで、パートナーになれたと思っています。

正直、旅の最初の半年間くらい、アジアを回っていたころは、旅のスタイルが定まらず、僕自身、今やっている旅に意味が見いだせず、かなりしんどかった。
そんな僕の精神状態もあって、はるともかなり距離ができてしまっていた時もありました。

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 ラオスにて。アジアはずっとしんどかった。ご飯は美味しかったけど。

でも、アジアの後、ヨーロッパあたりから、ようやく旅のスタイルとか、方向性が見えてきました。
同時に、僕たちが二人でどういう暮らしや人生を送っていきたいか、というビジョンを、いつも、いつまでも話し合うようになり、想いを共有できるようになっていきました。

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 イタリア・ミラノにて。ヨーロッパくらいから、パートナーとしての絆がぐっと深まっていった気がする。

そこからは、本当に旅が楽しくなったし、旅後の二人でのワクワクするような暮らしのイメージもどんどん湧いてくるようになった。
トラブルも含めて、いろんな経験を二人で乗り越えてきたことも、僕たちの絆を深めてくれたのでしょう。

逆に、もし世界一周してなかったら、僕たちはここまでソウルパートナーになれただろうか、と思うことがあります。
そう思うと、この旅に出ることが、僕たちの運命だったのかもなぁ、なんて思ったりもしています。


世界観が広がった

これもかなり大きい変化なんですが、自分の世界観が広がりました。
自分が生まれ育ってきた家庭とか、日本社会といった環境の中で、それまで当たり前だと思っていた色んなこと。
それらが、実は当たり前じゃないんだなって気づいた。
それは、旅で色んな人に出会ったからだと思う。
旅を通して出会ってきた人々は、生き方も価値観も文化も人種も宗教も、本当に多様だった。

大事なことは、その中で、何が正しいか、とか一番優れているか、じゃない。
それらの多様な違いを認め合って、共生していくことなんじゃないか。

段々とそう思えるようになって、旅の途中で、僕は狭いところに閉じこもって出られなくなっていた自分自身の精神を、解放させることが出来た。
僕は、長いこと、そういう部分で苦しんでいたから、それはすごい変化だった。
それからは、本当に目の前の世界がまるで違って見えるようでした。
旅して良かったなぁ。


全ての出来事に意味があると思えるようになった

どんなことが起きても、「これって、どういう意味があるかな?」と考えられるようになりました。
例えその出来事が、自分が望んでいなかった結果だったり、一見トラブルのようなものであったとしても、「そこにどんなメッセージがあるか」を感じとれるようになりました。
それって、すごく大切なことだと思います。
全てのことには、意味があるし、いつもベストなタイミングで起こっているんじゃないかな。

以前は、自分の思うようにならないと、すぐにイライラしたり、「最悪だー!何でこうなるんだー!」と思っていました。
例えば、先ほどもちょっと書きましたが、旅の初め、アジアを回っていた頃は、本当に旅とか、毎日やってることに全然意味が感じられず、結構しんどい気持ちでいました。
「俺何やってんだろう。こんな旅、何になるんだろう。」って、すごく虚しくて辛かった。

でも、今思えば、あの頃は、すごく視野が狭かったなぁ、と感じます。
大事なことをいっぱい見落としていたなぁ、もったいなかったなぁ。
今、もしまたアジアの旅をやり直したら、きっと全然違う旅になるでしょうね。

でも、そう気づけたから、そんなしんどい時期にもまた意味があったんでしょう!

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ということで、今回は「世界一周して、変わったこと」というテーマで書いてみました。

たまに、「旅をしても別に人生変わらないけどね。」っていう旅人の声を聞いたりもしますが、僕は、旅で人は結構変わる可能性があると思います。
少なくとも、僕はかなり変わりました。
そのへんは、人によって、また旅のやり方次第で、全然違うだろうな、とは思いますが。

今回ほど長い旅じゃなくても、時々、自分がいつもいる世界と違う世界に身を置いてみることって、大事。
だから、これから落ち着いて、自分たちの暮らしをするようになっても、やっぱりたまには旅に出たい。
そういう身軽さをいつも持っていたいなぁ、と思っています。

さて次回は、僕から見て、はるが変わったなぁと思うことを書いてみようかな。

ではまた!

まちゃ

こんにちは、まちゃです。

今はオアフ島のとあるファームに滞在しています。

あちこち色んなファームやお家を回りながら旅していると、正直居心地が悪いな、とか、自分達にはここは合わないな、とか思う場所に辿り着くこともちょこちょこあります。

正直今いるファームもとても居心地は悪いです。

そんな時でも、学ぶことは必ずあるので、それはそれでいいと思っています。

合わないと思ったら、早めに出て行くことも出来るし。

僕達が普段利用しているホームステイの決まりでは、そのお家の手伝いを一日数時間やることになっています。

しかし、ここのファームのように、そこのやり方が自分達に会わない場合、「これがここのやり方だから」、と心を押さえて割り切って仕事や手伝いをやってしまっている自分に気づく時がたまにあります。

「あ、自分、今割り切っちゃってるなぁ」みたいな感じで、そういう心の動きにすごく敏感になったと思う今日この頃。

そして、そんな風に「割り切ること」って普段の生活の中でも、よくあると思います。

日本にいた時も、仕事だから割り切ってやらないと、とかよく聞く言葉だったし、まぁよくある話だと思います。

でも最近思うのは、本当は割り切っちゃいけないんじゃないかな、ということです。

割り切ろうと思えば割り切れちゃうんだけど、それをしちゃったら、心が沈黙してしまう。

それをしたらもう心は何も言ってくれなくなる。

仕事だから、生きてくためには仕方ないから、と割り切る。

でも実は仕方なくないんじゃないかな、と思います。

別に生きてくために、何かを割り切る必要なんか無いし。
一切割り切ることなく生きていけるよ、て言えるような暮らし方がしたい。

それがこの旅を終えた後、僕達がしていきたいこと。

改めて確認することが出来ました。

まちゃ

一昨日は自分の30歳の誕生日だった。

奇しくもその日、僕は長年言いたかったけど言えなかったことをある人にメールで伝えた。

ずっとその人の気持ちが苦しかった。

自由に生きていいと言ってくれたらどんなに楽だっただろう。

誰も人の心を縛り付けることは出来ない。

人間は誰からも心の自由を制限されない権利を持っている。

健全な環境であれば、心の自由を得るために戦ったり、誰かを説得したりする必要などないはずだ。

その人に気持ちが伝わったかどうかわからない。

でも言いたいことは言えた。

その夜、不思議な夢を見た。

死んだおじいちゃんが出てきた。
元気だった頃と変わらない優しい笑顔で迎えてくれた。

夢の中で、死んだおじいちゃんがいるから、「これは夢だ」とすぐ気づいた。

その瞬間、まるで夢ではなく現実の世界にいるかのように感覚がリアルになった。

でも夢は覚めない。

おじいちゃんと二言三言何気ない言葉を交わした後、目が覚めてしまった。

こんな感覚は初めてで、しばらくボーッとしていた。

「それでいいよ。」と、おじいちゃんが言ってくれたような気がした。

勇気を出して、言ってよかった。


ということで、30歳になりました。
特別に意味のある年になりそうな予感。

まちゃ

こんにちは、はるです。
ハワイ島からオアフ島に移動し、滞在先ファームが変わりました。
今はハワイ島での暮らしが恋しくて仕方ありません。
ハワイ島の家に帰りたくてホームシック。

今日は、とても心地良かったハワイ島での滞在を通して考えていたことのお話です。

【大きな心でいるために】
心の大きな人でありたいです。
というより、大きな心でいられる状態で毎日を過ごしたいです。

人の心って、その時の状態や環境で大きくも小さくもなると思うから。

リラックスしていて、余裕があって、好きなことをしていて、ハッピーで。
そんなときは、人の心は膨らんで大きくなっている。

逆に、忙しくていっぱいいっぱいだったり、疲れていたり、誰かと競争してたり、ケンカしてるときは、心がきゅーっと縮こまっている。

心が小さいとは言いたくない。

きっと、本来の大きさが何かの理由で一時的に萎んでいるだけ。
誰でも心が小さいときはある。

大きい心の中には、包容力だったり、許す力だったり、認める力だったり。
人と、自分と、まわりの環境と向き合うために必要な要素がつまっている。
心の中は、たくさんの愛で満たされている。

大きな心の人は笑顔がステキ。
大きな心の人といると、ほっとする。

わたしも、そんな大きい心の持ち主でいたいです。
そんな大きい心を自然に携えられる、穏やかな状態で過ごしたいです。


【心の中に持っておきたい大切なもの "クリアな空間"】
大きな心でいることと同じく、いや、それよりも、もっと大事にしたいことがあります。
心の中に常に持っておきたい、とっても大切なこと。

それは、心の中に"クリアな空間"を持っていること。
何にもない、無の空間。
良いも悪いも、好きも嫌いも、何の評価も判断もない、"クリアな空間"。

この空間があると、物事をきちんと受け止めることができます。

自分にとって、未知のことも、違う価値観、考え方のことも。
もしかしたら、嫌いなことや苦手なことと結果的にはなってしまうかもしれないことも、まずは心の中のこの"クリアな空間"に置くことができます。

この空間がないと、物事を心の中に入れることすらできず、心で感じる前から拒絶してしまいます。突っぱねてしまいます。
それってとても悲しいし、もったいないこと。
心はいつまでたっても成長しない。

心の中に置いてみて、しっくりきたら、それは自分に必要なもの。
ごっくりと吸収すると、その分だけ心はまた大きくなる。

心の中に置いてみて、しんどかったら、それはきっと自分には合っていないもの。
そんなときは、我慢せずに出ていってもらったらいい。
無理してずっと置いていたら、心が重く、堅くなっちゃう。
必要なものを吸収する、柔軟性がなくなっちゃう。

心の"クリアな空間"に一旦おいたもの。
そのものに居続けて欲しいのか、出ていって欲しいのか、時々出入りして欲しいのか、はたまたそんなことはわからないのか…。

そういうことは、自分の心で感じて決めたらいい。
他の誰も決められない。他の誰も決めてくれない。
決められるのは、ただ自分だけ。

そんなことを感じるための"クリアな空間"。
これを心の中に持っていることはとっても重要。
何も詰まってなくていい。空っぽでいい。
何よりもクリアであることが大切。

いつも、いつまでも、無邪気な子どものように、物事をそのまま受け止められる"クリアな空間"を心の中に持っていたい、そう思います。

"クリアな空間"が十分にある、大きな心の持ち主でありたいです。


【なぜ、今この記事なのか】
ハワイ島で過ごした間、とっても幸せでした。

お世話になった人たちは、皆大きな心で接してくれました。

重いバッグパックを担いで歩いていたら、ヒッチハイクをしていたわけでもないのに、車を止めて声をかけて、乗せてくれた人がいました。

道を尋ねたら、夜中にも関わらず、親切に案内してくれた人がいました。

ホストをしてくれたアントンは、ヒッチハイカーをよくひろっていたし、ある時はそのまま家に連れて来て泊めてあげたりしていました。

わたしたちにも、
「いつでもここに戻っておいで。連絡せずとも来たい時に来たらいい。ここはマサとハルミのハワイのホームだから。」
って言ってくれました。

ハワイの人は心の大きな人が多いです。
アントンもとっても心が大きかった。

そして、まずは物事を、目の前のその人を、そのまま受け止めています。
まさに、心に"クリアな空間"を持っているからできることだと思います。

だから、一緒にいて自然体の自分のままでいられたし、とっても居心地がよく、幸せだった。

一緒に過ごす時間が増えるにつれ、アントンとたくさんのことを話すようになりました。

ここでは詳しいことは書かないけど、アントンはかなり型破りな生き方をしています。
はじめに聞いていたら、ちょっと引いてしまっていたかも。

でもそれは、ひっくり返すと、わたしが気付かないうちにたくさんの型を持ってしまっているということ。

引いてしまうというのは、何も知らないうちからマイナスのラベル付けをしてしまうということ。

それってとても愚かなことだと思います。

色んな意味で世界を広げてくれたこと、大きな心で、心の中の"クリアな空間"でわたしたちと接してくれたこと、アントンに対して感謝の気持ちでいっぱいです。

そんなわけで、ピースフルなハワイ島の環境のおかげで、大きな心を持った温かい人に囲まれたおかげで、わたしも自然と大きな心でいられたな、と思います。

そして、アントンのおかげで、心の中の"クリアな空間"の重要性について考えさせられました。

ハワイ島での生活は本当に意味深いものでした。
またいつか戻ってこようと思います、心安らぐハワイ島のマイホームに。

ではまた!
はるみ

こんばんは、はるです。
今日は2015年の最後の一日。あっという間に一年が過ぎてしまいました。
今、わたしたちはアメリカ、オレゴン州ポートランド近郊のオーガニックファームで過ごしています。
想像していたのと違って、とてもにぎやかなファーム。20人近いアメリカ人の若者たちが共同生活をしている中におじゃましています。緊張しながらも、少しずつここのムードに慣れてきたところです。アメリカ映画の中で見るような、まさに「ジョークでしょう?」なシーンがそこここで繰り広げられている中、わたしは今静かに一年を振り返っています。
日本はもう年越し、してますね。一足遅くなったけど、一年の締めくくりに心のうちを思うままに徒然と。

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2015年、この一年をどう表現するのが適切なのかちょっと考えてみる。ぱっと思いついたのは、「毎日をシンプルに生きた一年」ということ。
旅をしていると毎日が楽しいことばかりじゃなくて、「何でこんなところで、こんなことやってるんだろう?」と思うときもたくさんありました。それでも「この一日には大きな意味がある」そう確信しているから、一日一日を大切に過ごすことができした。そのとき、その場所で、自分にできることは何なのか、自分は何をしたいのかに向き合って過ごす毎日。難しく考えることは何もない。心の声を聞く、ただそれだけ。とても、とてもシンプル。
誰に強制されるでもなく、自分で選んだから、今ここにある今日という一日。明日のこと、明後日のこと、その先のこと、を考えるのはもちろん大事だけど、それより何より今日を懸命に生きよう。今日という一日を集中して生きよう。そんな毎日の繰り返しで一年が過ぎていった気がします。今日という一日に集中すると、見過ごされていた大事なことに気づくことができます。当たり前のことに、きちんと感謝することができます。毎朝起きて、まちゃとハグしてはじまる一日。毎食の食事を味わって楽しむ時間。暖かい太陽のエネルギーを感じて目をつぶっている瞬間。そんな何でもない一瞬一瞬に幸せを感じることができる毎日。この一年、「幸せやなぁ。」「ありがたいなぁ」と何度つぶやいたことか。一年を通して、そんな風に毎日を過ごせたことはとても幸せなことです。

モニュメント
モニュメントバレー ゆっくり歩いてお散歩した

そして、一日をシンプルに生きると、自分の在り方もシンプルになってきました。
一つは、自分を着飾ることがなくなったこと。お化粧しないし、ピアスもしなくなったし、毎日のように同じ服着てるし。
外見を気にすることにエネルギーをさくことが無くなりました。それはきっと、見た目を着飾るのではなくて、もっと内面を豊かにしたいと思う気持ちが強くなったから。お洒落は人生を楽しむ上で欠かせないし、社会生活を営む中で無視できないことと思っています。でも、内面が綺麗な人は着飾る必要がない。内面が輝いている人ほど素を出していて美しい。そう気づいたら、余計なものは何もいらないな、もっと自然の姿でいたいなと考えるようになりました。
化粧をしなくなったから、洗顔にも肌ケアにも何も使う必要がなくなりました。ヘアケアも必要ない。シャンプーもコンディショナーもいらなくなった。髪の毛からつま先まで、全身石鹸で洗ったあとは持っているオイルを少々つけるのみ。髪の毛は、まちゃに切ってもらうようになりました。はさみでジョキジョキ切るだけのド素人美容師なのにそれで満足。着ているものは、やぶれても繕って大事に着る。大事に着るから愛着がわいて長持ちする。結果的に、持ち物は減るし、買い物しないからお金はかからないし、本当に必要なものが何なのかわかってきて、以前に比べてとってもシンプルになりました。これらの変化は旅に出たから生じた必然的なものだったかもしれませんが、自分の在り方をつくる要素としてとても意味のある変化でした。

Tシャツ
ビリビリのTシャツ 太陽を浴びてエネルギー充電中

在り方がシンプルになると、考え方もシンプルになってきました。
物事を難しく考えるよりも、just do it!!自分がこれと思うことをやってみるのみ。以前からのこの考え方にさらに磨きがかかりました。あぁ、これでいいんだ、間違ってないんだ、って。
自分のことを多く語る必要がなくなってきたように思います。言葉で語るより、生き様で示す。それが全てだと思うようになってきました。(こうやってプログで語っているので大きな矛盾が生じてますが)
旅の中で出逢った人で、この人スゴイな、と尊敬できる人は皆共通してそうでした。多くを語らずとも、すでにその人の生き様が全てを語っている。色々言葉で語るより、行動で示す、生き様で示す、まとっている空気で示す。これ、理想だなと思います。
誤解を恐れずに言うと、その人が何を語るのかよりも、その人が何を食べているか、どんな暮らしをしているか、どんなお金の使い方をして、どんな人とどんな付き合い方をしているのか、そういうことをみるほうが、その人のことをよく理解できるのではと思います。だから、今はわたしも、在り方で、生き様で、自分を語れる人間になりたい。そう思っています。この旅を通して、何を学び、これからどんな暮らしをしていくのか、実践で示していきたいです。


もう一つ、ここに記しておきたいこと。
それは、わたしたちの周りにいてくれる家族、友人への感謝の気持ち。
この一年、完全に日本を離れていて、日本にいる家族とも友人とも過ごす時間はまったくありませんでした。電話もしてない。それなのに、日本にいたとき以上に家族や友人の存在の大きさを感じることが多かったです。離れているからこそ気づく大切さ。離れていても繋がっている絆。そんなことを感じる時間が多かった。いつ、どこで何をしていても、わたしたちのことを心配し思ってくれている家族。はじめは心配ばかりが先立っていた親も、旅が長引くにつれ心配が信頼に変わってきたような気がします。いつになったら帰ってくるのかと呆れているのかも?それでも今では、納得するまで思う存分やりなさい、と言ってくれてありがたいばかりです。現地の友人・知人を紹介してくれて、いつもサポートしてくれる兄弟しかり。帰国したらちゃんと家族孝行しないとなぁ。
愛すべき友人たちも変わらず応援してくれて、いつもパワーをもらっています。折にふれてメッセージをくれたり、近況報告をしてくれたり。離れていても、気にかけてくれて、時に頼ってくれて、とても嬉しい。みんなが恋しくて、早く仲間に入りたくて、帰国したいと思うときもしばしばですが、今は誰に会っても恥ずかしくないように納得のいく旅をして帰りたいと思う気持ちが一番。元気に帰って、笑顔で再会パーティーをしたいなと夢みています。旅へのモチベーションを保てるのは、いつも応援してくれるみんな、今これを読んでくれているあなたのおかげです。本当にありがとう。みんな大好き。心からの感謝と溢れる愛を。

種
コスタリカのソウルメイトに分けてもらった夢がつまった大事な種 日本に帰ったらゆっくり育てたい

さてさて、本当に思いつくまま書いてきました。まとまらない長文、乱文で失礼します。
今から2016年ニューイヤーを迎えます。お祝いムードでみんなテンションあがってきている。長い夜になりそうです。
2016年も、わたしたち一人一人にとって、輝くステキな一年となりますように。笑顔で穏やかに毎日を楽しめますように。

from Canby Oregon,USA
はるみ

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